上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
本屋にて

神との対話(著者ニール・ドナルド・ウォルシュ)がコミック化されていた。


コミック版 神との対話コミック版 神との対話
(2011/03/17)
ニール・ドナルド・ウォルシュ

商品詳細を見る


こういった内容の本がコミック化される時代になったのだなーと手にとって読んでみたところ

下の文章が心に焼きついた。


   [真の指導者]とは
   追随者がいちばん多いものではなく
   もっとも多くの指導者を創り出す者である

   [真の王者]とは
   臣民がいちばん多い者ではなく
   もっとも多くの者に王者らしい
   尊厳を身につけさせる者である

   [真の教師]とは
   知識がいちばん多い者ではなく
   もっとも多くの者に知識を身につけさせる者である


   そして[真の神]とは
   信者がいちばん多い者ではなく
   もっとも多くの人々に仕える者
   従って他のすべての者を神にする者である

   それが神の目標であり、栄光である。

   (以上 本文より抜粋)



正直、真の神のことは私にはまだわからない。

けれど [真の指導者]とは [真の王者]とは [真の教師]とは の部分は

そうだなあ・・と思う。


スポンサーサイト
今日は皆さんに 質問があります。


あなたが憧れている実在の人物はどんな人ですか?

あなたは、その人のどんな部分を好きだと感じているのですか?



下の文章を読む前に 

ここで 少し考えてみて下さい。


シャドウ・エフェクトシャドウ・エフェクト
(2011/01/25)
ディーパック・チョプラ、デビー・フォード 他

商品詳細を見る


今日も前回と同様、本「シャドウ・エフェクト」の第二部(著者・デビー・フォード)からです。



さて、最初の質問に皆さんは、なんと答えたのでしょうか?

具体的に「○○なところに惹かれています。」「○○なとこが好きなんです。」という答えが
色々と出てきたことでしょう。

私と正反対だから憧れているの・・なんて答えた人もいるかもしれませんね。

自分に無いから惹かれるの・・と言うセリフもよく聞きますが これは違います。



実は・・ 

その答えた性質があなたにもあるのです。



前回引用抜粋した文章を再び紹介します

 「実際、自分が他者をどう観察しているかに注目すれば 私達は自分自身のありのままの姿を見ることができます。
 人は自分自身の性質を他者に投影するように出来ているのです。

 これは別に悪いことではありません。現に、誰もが皆、常にそうしています。
 自分が「いやだ」と思う性質を自分自身の中に認めるのではなく、自分以外の誰かに押しつけてしまうのです。」



自分の中にその性質、個性があることを認めたくないと思うものは 悪い部分とは限らないようです。

例えば 天真爛漫で活発な少年が幼い頃に 親から「うるさいこは嫌いだよ」と言われ 
おとなしいことが良いことで活発さは悪いことだと思いこんだとします。
その性質が内側にあることが知られたら
愛されないのでは・・という恐れ、誤解から、活発さは彼にとっては隠すべき性質となってしまいます。
おとなしくしているうちに、自分で自分のことをおとなしいと思うようになっていくのです。
そんな彼が 大人になり ある人に憧れます。
その人の天真爛漫で活発に動く部分が好きだなって考えたりします。

こんなふうに・・ 認めたくない性質は悪い部分とは限らないのです。



ここで私は問いたいことがあります。

「私が・・私の中にあることを認めていない性質は なんだろう?」 



今日は最後に本文から デビー・フォードさんの言葉を紹介して終わります。

 (本文より以下抜粋)
 
 シャドウには
 私たちの暗い性質や悪い面だけでなく、前向きな性質も含まれています。
 興味深いことに、人は皆、自らの暗黒面と同じように光の面も隠そうとしてしまうものなのです。
 誰もが自分の才能、能力、ユーモア、成功、勇気を隠している可能性があります。
         
                  -略-

 もし誰かのことを「見習いたい」「真似したい」と思うなら、それは、あなたが自分の中にある性質を
 相手の中に見ているからです。

 また誰かに心奪われるほど夢中になったとすれば、それは、
 あなた自身の中にある愛すべき部分が相手の中にも存在しているからです。


 自分の中にはない性質に関して、あなたが他者に反応を示すことはあり得ません。

 あなたを刺激するものは例外なく、あなた自身の側面です。

 もし何かに対して強い願望や憧れを抱いたら、あなたにも似たような性質があるということです。

 ただし、あなたがその性質を表現する方法は、必ずしも他者のそれと同じとは限りません。あなた独自の方法となるでしょう。
人は 自分の考え方・感じ方・価値基準を使って相手も同じように考えると推測しがちです。

  私だったら嫌なことだから それをされたあの人も嫌と感じているだろう。

  私だったら嬉しいことだから それをしてもらったあの人も喜んでいることだろう。


この思い込みが、相手の本当の姿を見えなくさせます。

 私が嫌だと感じることを・・あの人は喜ぶかもしれません。



もしも勝手に あの人は嫌だと感じて怒っていると推測し (実際の相手は何とも思っていない)

自分の頭の中の推測・妄想で苦しんでいるとすれば 

私達は何をしているのでしょう。



私は 昨年一年かけて、焦点を相手ではなく自分に向ける訓練をする中

相手に対する不快感が起こった場合、それに対して、どう対処すればいいのか迷いました。

不快感が起きた理由を相手のせいだとするならば 焦点は相手にあり 
それでは、私の成長には繋がりません。

不快感が起きた理由を自分の中に探すとすれば・・

私はしばらく このことについて考えいて そしてある事に気づきました。

私が自分に禁止していることを平気でする人を見た時に嫌な感じがしたのです。


それは、私の中に存在するけれど 私が嫌っている性質。
上手に隠したはずなのに・・ 

それは、内側に押し込んだら外側に出てしまったかのように他人の姿を借りて目の前に現れた私のもの。

つまり、私は 相手に自分を投影していたのです。


投影しているとすれば
焦点を外にではなく自分に合わせることで私達は 
自分以外の誰かに 不快感・苛立ち・非難の気持ちを抱いた瞬間さえも 
自分の内面を知ることに使えるのです。



シャドウ・エフェクトシャドウ・エフェクト
(2011/01/25)
ディーパック・チョプラ、デビー・フォード 他

商品詳細を見る



そして、出会った本。 「シャドウ・エフェクト」という本です。

本を紹介する前に 皆様に一つ確認をとっておきたいのですが 
シャドウ(心の闇)とは 捨てたり消せたりするものではありません。

暗闇を知らずに光の存在を意識することは出来ません。
恐れを知っているから勇気が存在し 悲しみを知っているから喜びがわかる・・。 

私達が 知るためには、正反対の性質が両方存在することが必要なのです。



著者デビー・フォードさんが書かれた第二部には こう書かれていました。

・どんな人でも、すべて(自分が「良い」と考えているものも「悪い」と考えているものもすべて)を持っているのです。

・あなたが他人の中に見ているあらゆる性質があなた自身の中にも存在しています。


私達の中に すべての性質が存在するからこそ 
人は無償による愛による偉業も、破壊的な衝動による犯罪もどちらも起こすことができるのでしょう。


私はシャドウを使って自分を知りたいのです。

シャドウが何を意味しているのか・・
本の言葉をヒントに もう少し考えようと思います。(続きは次回に)



(以下、本文より抜粋)
・心理学者カール・ユングは「シャドウは、私達がなりたくないと考えている人を映し出している」と説いています。
あなたにもつい非難してしまいがちな家族や、見るだけで虫唾が走る政治家や有名人がいるはずです。
実はそういう人々にあなたの影の部分が映し出されているのです。

・「シャドウとは、私達が愛する人々から「隠したい」と思っている部分、「こういう一面があると思われたくない」と考えているものをひとまとめにしたものだ」という衝撃的な気づきに到達することになります。


実際、自分が他者をどう観察しているかに注目すれば 私達は自分自身のありのままの姿を見ることができます。
人は自分自身の性質を他者に投影するように出来ているのです。
これは別に悪いことではありません。現に、誰もが皆、常にそうしています。
自分が「いやだ」と思う性質を自分自身の中に認めるのではなく、自分以外の誰かに押しつけてしまうのです。
母親や子供、友人に投影することもあれば、一度も会ったことのない有名人に投影することもあります。
他人に対する非難や判断はすべて、結局は自分自身の中にある、自ら無視したり、否認してしまっている部分を表しています。
投影をしている最中、私たちはそういう性質を他者の中に見ているように考えていますが、
実際は自分自身に隠された一面を見つめているのです。

・他者の行動を批判するとき、私達は実はそれと同じ行動をとり、罪悪感を覚えているものなのです。


真理とは 突き詰めてみれば なるほどそうだと言えるもの。

真理とは践し、検できるもの。

すなわち、真理とは・・・実証されてこそ真理



真理を語る賢人として、最近の私の関心・注目はお釈迦様。
ついつい手に取る書籍も原始仏教的な本が多くなりました。



例えば こんな本。

仏教は心の科学  (宝島社文庫)仏教は心の科学 (宝島社文庫)
(2008/06/03)
アルボムッレ・スマナサーラ

商品詳細を見る


(この本に書かれているテーラワーダ仏教は、ブッダの教えを忠実に伝える仏教で、
上座部仏教、上座仏教、根本仏教、原始宗教、初期仏教とも呼ばれています。)






「お釈迦様はなんと言っていたのか。」

「そして それは どういう意味なのか・・・」


お釈迦様は お釈迦様自身が言ったことを盲信することなく、鵜呑みにせずに
自分自身で確かめなさいと言っています。

私も ひとつひとつ自分で調べて確かめていきたいと思っています。


ここ 一ヶ月 、
どういう意味なのだろう・・・と、ずっと頭の中を占めていた言葉は

一切皆苦 (すべては苦) でした。


苦からの解放を説いていたお釈迦様のこの言葉。
すべては苦だからといって 何をしても無駄だという意味ではありません。

「お釈迦様は、何故すべては苦だと説いたのか?」

私は 今も 問い続けています。




上記で紹介した本文中でも

仏教の真理の第一番目は「生きることは苦である」というものです。と書かれていました。
そして 「生きる」ということがわからないかぎり 
「生きる苦しみ」が何なのか、わかるわけがないと。

そして、こうも書かれていました。

(本文より抜粋)
皆、堂々と生きているのに「生きるとは何?」という重大極まりない問いの答えを
知らないでいるのです。
真剣に考えると面白いと思います。
生きているからやっていることに気を取られて、それが生きていることだということを忘れてしまって、なんだか不思議です。

遊ぶこと、学校に行くこと、仕事をすること、家事、育児。
我々はいつもそうしたことに忙しくて、生きることをまったく知りません。つまり生きたことがない。
だから結局、我々は人生で苦しんでいるのか悩んでいるのかさえも知りません。

我々に残されている宿題は・・・ 
「お釈迦様は、なぜ生きることは苦だと説いたのか?」と自分で調べて確かめることです。
それができたら、幸福になるはずです。






一切皆苦、一切皆苦・・・。
さまざまな角度から ゆっくり考えています。

そして
先日、9月25日に発行されたばかりのこの本が 
大きなヒントを与えてくれそうです。

仏教対人心理学読本仏教対人心理学読本
(2009/09/25)
小池龍之介

商品詳細を見る


最近、すっかりお気に入りの小池龍之介さんの最新作です。
小池龍之介さんの文章は なんといっても わかりやすいっ
「慢」とは 「煩悩」とは 「三毒」とは 「無我」とは・・・
私の知りたかった言葉が わかりやすく説明されています。





潜在能力感知開発プログラムの中には 
沢山の仏教用語(もしくは お釈迦様の言葉)も出てきます。
テープを大量に反復して聞いているうちに 私の中でそれらの言葉は根付き、
更なる認識の深みを求めて いつの間にか・・・ 
沢山の「問い」が私の中に生まれていたようです。

問いからはじまる新しい認識世界。

本を読むことが以前にもまして面白くなっています。
それは
認識が深まっていく瞬間、ばらばらだった認識が繋がっていく瞬間。
もしくは 疑問や問いが更に細かく因数分解されていく瞬間。
心が解放されていくような気持ちになるのです。

潜在能力感知開発プログラムによる情報の大量反復は
このような効果をもたらしています。



一切皆苦とは どういう意味なのか・・・

私にとって、この言葉を問い続けることに大きな意味があるような気がしています。





(今日の報告)
テープトレーニング 15-13-1~15-19-2 (1.5倍速) 10.5h
読んだ本  煩悩フリーの働き方 小池龍之介
私は 常に本を1、2冊、カバンに入れていて
いつでも好きな時に読めるようにしています。

そして、
最近いつも持ち歩き、
ちょっとした隙間時間に繰り返し眺めているお気に入りの一冊は こちら。

(この本はきっとボロボロになっていくのだろうなと思っております)

煩悩リセット稽古帖煩悩リセット稽古帖
(2009/01/18)
小池 龍之介

商品詳細を見る


仏教ではなく仏道。

作者いわく、

  仏道は、宗教ではなくて、お釈迦さまが見抜いた心理学。
  現代に生きる私たちにこそ役に立つ精神トレーニングメソッドなのです。

                                         
                                         (本文より抜粋)

 



 
 ある時、私は

「お釈迦様はあの世については肯定も否定もしていない。」 ということを知りました。


私はそれまで、なんとなく 
仏教とは、先祖供養などを中心に
見えない世界(あの世)の事を説いているものだと思いこんでいましたので、
その言葉に凄く驚きました。

私の中では、仏教=(イコール)お釈迦様の教えでもある、という固定観念が
完全に出来上がっていました。

ですから
「お釈迦様はそんなことは言っていない。あの世については肯定も否定もしていない。」
と知った時には、
目からウロコが落ちたような・・・
「えええっ!!」っと かなりの衝撃を受けたのです。


創始者の考えというものは
長い年月をかけて伝えられていく内に、
歴史的背景の影響や伝える人の解釈によって変化していくものなのでしょう。
それはそれで、その時代が必要としたものであることもあるでしょう。

ただ、私は
「それでは、お釈迦様(仏陀)は何と言っていたのか…」
それが無性に知りたくなったのです。


それから 
お釈迦様について書かれている本を何冊か読みました。

そして、知れば知るほど 驚きがありました。

お釈迦さまは やはり 死後についての問いには一切答えなかったそうです。
その真意は
「これらの問題は苦を除く役には立たず、かえって苦を生み出す。」といったところです。

とにかく お釈迦様がひたすらに説いていたものは
極めて現実的な、
苦を生み出す人間の心のシステムとそこからの解脱方法でした。



私はますます お釈迦様の教えに興味を持ちました。

ただ、やはり、慣れない言葉や現代ではわかりにくい言葉も多いです。


今回紹介する「煩悩リセット稽古帖」では 作者が1978年生まれの僧侶とあってか
教えの中の難しい言葉が現代に合わせたわかりやすい言葉で説明されています。
その上、作者が描いている挿絵(四コマ漫画)が静かに笑いを誘い、
自分に当てはまってしまうような話でも 「ぷぷぷ」と笑いながら、
「本当に 人間ってそんなものだよなぁ・・・」と受け入れてしまいます。


少しだけ本文を紹介しますと

煩悩とはすべて、心が頭でつくり出す幻のようなものです。
すなわちそれらは、現実の目の前にあるリアルな感覚を離れて、
脳内で欲・怒・迷をクルクルと回転させる、
脳内自慰のようなものと申せましょう。

煩悩こそがリアルな現実だとお考えでしょうが、
実際は、煩悩が外から入ってきた情報をねじ曲げ、
わたくしたちを、現実から遠ざけ脳内物語へと引きこもらせてしまうのです。


誰もが、自分の脳内に引きこもって煩悩にふけるのが大好きです。
しかしながら、誰もが他人の脳内ひきこもり、すなわち他人の煩悩は大嫌いです。


つまり、他人が「欲」で自分に対して過剰に求めてきたり、「怒り」で責めてきたり、あるいはいっしょにいるのに「迷い」ゆえに心ここにあらずといった風合いで、こちらの話を聞いてくれなかったりすると、誰だって腹が立つ、すなわち「怒り」の煩悩を刺激されるものです。(本文より抜粋)

このような感じです。
上の赤文字の部分など、あまりにも、その通りなので 思わず苦笑してしまいます。

(四コマ漫画に興味のある方はこちらをクリック→仏道式イエデ4コマ





潜在能力感知開発プログラムの中でも
歴史的賢者の代表者でもある、お釈迦様やイエスキリストの言葉は沢山引用されています。
それらの言葉は現代に生きている私達が理解しやすい言葉に置き換えられ、解説されています。


そして、沢山の賢人達の言葉に触れているうちに解ったことは・・

お釈迦様もイエスキリストも 様々な賢人達も
同じことを それぞれの言葉で語ってくれていることは多い。ということでした。

ですから この人物・宗教・教えだけが正しくて 
後は全部間違いというようなことはないのです。


「賢人と呼ばれるこの人が言っているから正しい」 とか 
「この偉い人が言っているから信じる」とかではなくて、
人物を盲信することなく、
言っている内容をひとつひとつ検証していきたいものですね。




「真理とは実証されてこそ真理」 この言葉を覚えていて下さい。

誰の口から出ようとも、いつの時代においても、場所が移ったとしても
真理は真理。




真理とは 「こうすればこうなる。」といった この世の法則。

「こうすればこうなる。」には例外はありません。
誰にも平等に働く法則性です。

けして、「頑張ったから」とか 「いい人なのに」とか 「努力したのに」 という理由で
特別扱いされることはありません。

なのに 多くの人が 
「こうすればこうなる」の「こうなる」が不満な時、
「こうすれば」を変えずに「こうなる」だけを変えようと努力しています。

つまり 原因(こうすれば)と結果(こうなる)の関係はセットで
どちらかひとつだけを変えることは不可能なのに
「原因」を変えずに 気に入らない「結果」だけを変えようと努力しています。

残念なことに・・・無駄な努力が多いのです。

苦を生み出すだけのことです。


「頑張ったのに なんで!」 「悪いことしていないのに なんで!」は

「こうすればこうなる」 という真理を知らないことから生まれています。



お釈迦さまに弟子がたずねました。

「人は何故 苦しむのですか?」


お釈迦さまは答えます。

「無知だからです。」




苦を生み出す人間の心のシステム(仕組み)を知りましょう。

そのシステムを知って 苦から離れましょう。




潜在能力感知開発プログラムは 

苦を生み出す人間の心のシステムと
そこから抜け出す具体的な方法を教えてくれるものでもあります。

多くの人に試してみて欲しいと思っています。



潜在能力感知開発プログラムに興味のある方は<続きを読む>をクリックして下さいね。

  
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。