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(今日は 感知プログラム 第12章 「物の見方」 を聴きました。)


 「原因があって結果がある。

  今の結果を変えたければ、原因を変えるしかない。」


このことは動かしがたい事実です。


そして・・原因を変えるには 「原因が何か」を知る必要があります。


原因が何かということのヒントは感情が知らせてくれています。

不安・悲しみ・憎しみ・・・浮かび上がってきたものは 
自分のセルフイメージとはかけ離れたものかも知れません。

もしくは 幼い頃に そんな汚い感情を持つことは悪いことだと
教えこまれていた感情かもしれません。

それでも、
自分の中の感情を抑圧せず、否定することなく認めることが 
原因を変えていくプロセスの第一歩なのです。

ところが、やっかいなことに
人によっては精神に2重の蓋がかかっています。

本人にも自覚がないままに、自分の本当の感情を偽って生活しているのです。

例えば、両親・恋人・配偶者を憎んでいたとしても 
道徳的観念が強かったりすると両親・恋人・配偶者を憎んでいるなんてありえない!と
その感情を否定し、認識できなかったりするのです。

自覚が無いものを自覚するということは難しいことなのですが
今の自分の状態(結果)を変えたいのであれば
隠されてきた感情(原因)をさぐりあてることが必要なのです。

(他人の感じ方と自分の感じ方の違いを知ることは
自分の無自覚な部分を浮かび上がらせる方法の一つです。)

憎しみがあるのに自覚がない場合、
まずはその憎しみの感情を自覚する・認識することが必要です。

憎むことはいけないことと思われてきた方はビックリするかもしれませんが

憎んでも・・・いいのです。

なぜなら 憎しみを感じて はじめて
憎しむことが自分にどんな影響を与えているかを知ることが出来るからです。
知れば 変えていくことが出来るのです。

だから、我慢している人には

「憎んでもいいのですよ」 と言いたいです。

まじめで心ある善良な多くの人達は 道徳観念に縛られて 
自分の中にあるものをあると認めず、ないものとすることから混乱しています。
原因が解らなくなっています。
原因が解らなければ 結果は変わっていきません。

「あるものはある」でいいのです。 

そして憎しむことで苦しむ・・それは必要な体験です。

膿んだ傷を治すには 一瞬、痛い思いをして膿みを出さなければならないように・・

その体験は必要なのだと思っています。



今日の報告

テープトレーニング 12-10-1~12-14-2 (1.5~2倍速再生) 10h
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「人は時に、死んでも不幸を手放さない」
これは、悩んでいる人と四十年に渡って接してきた著者の感想です。

その理由を著者は 「不安のしずめ方」の本文の中で
何故なら 不幸よりも不安の方が遥かに強い感情だからである
と説明しています。

人は不安を避ける為には 死に物狂いで不幸にしがみつく。
不安を突き抜けて先に進むよりも 今の慣れた不幸のほうが生きやすい。
不安であればあるほど、現在の自分へと固執する。(本文から抜粋)



不安のしずめ方―人生に疲れきる前に読む心理学 (PHP文庫)不安のしずめ方―人生に疲れきる前に読む心理学 (PHP文庫)
(2007/10)
加藤 諦三

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不安の感情は…どんな感情よりも強いのかもしれません。

将来への不安、未知の生活への不安、変わることへの不安のために…

多くの人が、今が不満でも解決に乗り出すことが出来ないのです。

不幸でいる方が不安になるよりはいい。
怒っていても不安になるよりはいい。

そして・・・
多くの人は不安に対する対処の仕方を間違えたままで人生を終わるのでしょう。


不安には、「現実的な不安」と「神経症的不安」と2種類あるそうです。

現実的不安は 例えば、危険なつり橋を渡る時に落ちないだろうかと思う不安で
いわば、そのような状況の時には 誰もが持つ不安です。
神経症的不安とは、心理的に健康な人から見ると、理屈に合わない不安や恐れ
焦りを感じることで、
時にはそれを感じている本人も理屈に合わないと分かっているのに
その不安をどうすることもできない・・

現実は大変でないのに、
自分の内面の不安で現実に反応するから大変と感じてしまう・・

自分の中に抱えている過去に感じた不安を呼び起こして
再体験しているのです。


この本には、幼児期にありのままの自分が親に受け入れられているという
安心感の中で育ったかどうかは、
一生を左右するほど影響力が大きいと書かれています。

大人になって世界が変わっても
幼児期に根付いてしまった自分の感じ方を変えることは難しいのです。

実際には責められていないのに責められているように感じたり、
従順や服従を求められていないのに、求められているように感じるとすれば
子供の頃に根づいた「よい子にしていなければ見捨てられる不安」
大人になっても引きずって
何かあるたびに、その時の感覚を持ち出して再体験していると考えられるそうです。


私は著者が呼びかけるように
もう幼年期の感覚に自分の人生を支配されるのはやめよう、と決心しました。

幼年期の感覚を持ち出しているなと思う時には
「事実が大変なのではない」と自分に言い聞かせます。

事態が不安なのではない 。
自分がその事態を不安に感じているだけなのだから・・・。


この本によれば
人が不安を感じた時の反応として、人は周囲を敵だと感じたとすれば
「迎合するか」 「攻撃するか」 「逃げるか 」
主にその3パターンの反応になるそうです。

しかし、いずれも、そのことで
人は自分の人生に対するコントロールを失います。


特に迎合(ゲイゴウ)は問題が大きく、

(迎合とは広辞苑によれば、他人の意向を迎えてこれに合うようにすること。
他人の機嫌をとることとある。)

迎合とは、支配、被支配の関係をうけいれることであり、
心の葛藤を持つ人が不安になり、その不安を解消しようとして迎合するのです。

このことは親子関係から、恋人、夫婦間・・・
そして、会社や社会における全てのことに当てはまると思います。

相手に迎合して安心感を得たい…
これが 感知プログラム流に言えば 言いなり、奴隷になりたがる現代人の
根源・正体だと私は思いました。


(赤文字部分は本文より抜粋)

迎合することで不安は一時的に和らぐが、解消することはない。

不安から迎合することで、長期的には、より不安になる。

迎合する人は、自分でなにか決めようとすると、
ものすごく不安で、なんとも頼りない気持ちに襲われる。

その不安に耐えられなくて自分のすることを決めてくれる人を探す。

その人の言うとおりにしているほうが、不満だけど安心なのである。

そしてなによりも、迎合する者は相手を満足させなければいけないという
間違った考えに陥っている。

迎合していると自分の価値に自信がなくなる
だから、他人が自分のことをどう思うかが気になる。



そして・・・ 素直と従順は違うものでした。


従順に生きてきたあなたは、自分では気がつかないほど、
ものすごい敵意や憎しみが心の底にたまっている。
それがあなたのエネルギーを奪い、コミュニケーションの力を低下させているのである。

どうしてだかわからないけど元気が出ない、
あるいは人とのコミュニケーションがうまくいかないというあなたは、
心の底に堆積した憎しみを処理することをまず考えることである。


迎合は人を救わない。
迎合は人生の課題を解決しない。

「自分の人生は自分の責任である」という姿勢が不安をしずめる。
「最終的には自分の人生は自分の責任だ」と思ったときには
いろいろと知恵が湧く。
原因と向き合えば不安は解消できる。


不安が私に伝えようとしているものは何か・・
向き合えば、不安は自分を知って立て直すチャンス・・

不安を乗り越えたところに 
自由があるのかも知れないですね。


今日の報告

テープトレーニング 10-1-1~10-4-1 10-1-1~10-2-1  10.5h
潜在能力感知開発プログラム第8章 固定観念の除去から

「真実はフェアに」

今日聴いていた中に
隠し込まれている情報をあえて自分から求め、
全体像を知った上で選択をすることがいかに大切なことであるかという話がありました。

世間の情報は既に選択され、コントロールされている。
ブラックホールに隠し込まれている情報。
豚・牛などとさつ場面をテレビで流したらどうなるか。(感知プログラムタイトルより抜粋)



私は・・・スーパーに並ぶ食品を眺めながら改めて思います。

調味料、ソース、マヨネーズ、牛乳、ソーセージや魚、肉…
私はこれらがここに並べられるまでの過程を知りません。

知らなくて当たり前なのでしょうか?

私達の中には逆さまな感じ方、
(自分の為になることが嫌いで為にならないことが好き)が沢山あると
感知プログラムで解説がありましたが

実は…知らなくて当たり前だと思う感覚の方が
間違いなのではないでしょうか?

私達が口にしている食べ物の製造過程を知りたいと思うことは
自然なことではないのでしょうか?

他の生き物の命を口にしながら、
その製造過程を見たことがないという在り方には疑問があるのです。


現代の食の問題点のひとつは、
その生産現場がほとんど人の目に触れず、現状が知られていないこと。

工業製品製造のように1箇所に集めての大量生産方式の中で行われていることは
あまり表には出ていないこと。

大量生産方式の中では
豚や鶏は狭い囲いの中で身動きができない状態で飼育され、
短期間で成長させるための飼料を与えられ、
狭い空間で感染症が蔓延するのを防ぐための多量の抗生物質を投与され、
屠殺・解体は流れ作業のために、完全に死んでいないのに皮を剥かれたりする・・・


肉を食べることが大好きなある人が
「自分で殺して調理しないといけないのだったら 食べない。
殺されるところは見たくない。かわいそう。」と言いました。

私は それは違うと感じました。

肉を食べるのがいけないとかの問題ではなく。
大切なのは、命の食べ方。

自分の手で他の生き物を殺して食する。
そこには 命の重さを体験する機会があります。
その過程をとばして 食することは
生き物として大切な何かを失う気がしているのです。

また世界的視点から考えてみると、約9億人以上の人が飢えに苦しみ、
毎年1千万人もの子供を含めた人が餓死している中、世界の穀物生産量の
3分の1以上が動物の食料となっていて、
先進国では穀物消費量の8割近くが
人間が食べる動物の餌になっているという現状があります。
家畜1キロを育てるのに 10キロの穀物が必要とも聞いたことがあります。

牛の生育のために、広大な面積の森林が伐採されていたり、
肉だけに限らず、輸入食材の輸送には船・飛行機・トラックが使われ、
二酸化炭素を沢山排出していることも意識しておきたいことです。

知った上で食べている。それが自然なことだと思うのです。


買うとき、食べるとき…

その行為のひとつひとつを大切にしていきたい。
全てを知ることが出来なくても 今よりも 少しでいいから知っていきたい。
知った上で選択していきたい。

そう思いました。


インターネット上で探せば 屠殺の過程なども観ることができます。
映画「いのちの食べ方」もおすすめです。

製造過程を知って、目をそらさない。

いのちの食べ方を改めて考えたいと思っています。


    
     映画 「いのちの食べ方」 YouTube予告編




今日の報告

テープトレーニング 11-1-1~11-4-2 8-7-1・8-7-2 9.5h
感知プログラム第6章「成りたい自分になる2」で解説のあった
「自分の為した、潜在意識に溜め込んでいる「ツケ」とその精算法」より。


潜在意識に入ってしまったことは実現しないではおかないという性質がある。

つまり 私に起こること、感じることは
いいと感じることも、悪いことと感じることも全て
私の潜在意識に入っているデータの現象化だと言えるのです。

潜在意識のデータとは 私達が瞬間瞬間に思ったこと、考えたことの蓄積です。
だとしたら・・・

そのことを知った私は、現実に起こる現象を目の前にしては 
私が過去に蓄積してきたデータ、思いはどんなものだったのかと考えるのです。
嬉しい、悲しい、楽しい、苦しい・・
どんな思いを積み重ねてきたのかと。


(感知プログラムの中から抜粋)

積極的な意識を持つならば
悪いデーターを現象化させて消去することもできる。

不安心理の出現は 
悪いデータを成就させて消去するチャンスである。

すでに蓄えこんでしまったデータに関し
潜在意識に入ってしまったことは実現しないではおかないという性質がある。

自分に対して、悪い状況が出てくるというのは 
今まで培った悪いデータが使い果たされているんだと考えることが出来る。
その時に
多くの人は悪いデータが実現すると
「やだなぁ、苦しいなぁ、さみしいなぁ」と思うから
悪いデータは使われているのに 
同時に新たに悪いデータを培っているという事が行われているから
落ち込みのループから抜け出せられない。

知らずに積み込んでしまった悪いデータが いよいよ膿となって出て行くのだと
考えれば マイナスデータの成就を喜ぶことができる。



感知プログラムを聴き始めてからは
私の目の前に起こる出来事に対して、今までだったら悪いことと捕らえれる出来事も
視点を変えることによって 苦しい中にも希望を見い出せるようになりました。

精神的な苦しみは逃げれば逃げるほど苦しくなる。
精神的な苦しみを解決させるには、苦に飛び込んで立ち向かうしかない。

「艱難辛苦よ、来い!」「苦しいのなら もっと苦しんでやれ」とまでは
なかなか言えませんが(笑)
少しずつ歓迎できるようになっています。

問題が起こる度に
「この出来事は何を意味しているのだろうか」
「私が乗り越えるべきことは何なのか」
と考えて どう解決するかに焦点をあてるのです。


いつの頃からか・・・ 
気がつけば、悩むことが殆ど無くなっています。

問題にぶつかった時に「考えること」はするのですが「悩むこと」はしないのです。


「考える」と「悩む」は 全く違う精神状態です。

悩んでいる時に心が興味を持っているものは
どれくらい困っているか、どれくらい大変な状態であるか、どれくらい苦しいか
ということだけで 解決策を見つけるための思考を働かせていない状態です。

考える状態の心は どうすればこの状況から抜け出せるか、
どんな解決方法があるのかに興味を持っているのです。


私は問題が起こった時には 「考える」ようになっています。

そして悪いと思える現象も
今まで培った悪いデータが使い果たされているんだと思いながら
解決方法を思索しています。


今日の報告

テープトレーニング 10-1-1~10-4-2 7.5h
  
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