上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
今日の職場にて。

作業場に掛けてあった日めくりカレンダーをふと見ると

この言葉が書かれていました。



「人間万事塞翁が馬」



このことわざの意味はなんでしょう。

それは・・

「人生は吉凶・禍福が予測できないことのたとえ。」 (広辞苑)


ここで言う人間とは人の間、つまり「人の世の中」を差し、塞翁というのは、砦の守衛の老人。
「世の中は全てが塞翁の馬のようである」という言葉。

話の内容を紹介すると・・
 
 中国のある国境で守衛をする老人がおり、老人は働き盛りの息子と馬と一緒に暮らしていた。
ある日、貴重な財産である馬が国境を越えて逃げて行ってしまった。
それを知った村人達は慰めてくれたが、
「そんなに悪いことではないかもしれない」と老人はあまり悔やんでいない。

しばらく時がたったある日のこと、逃げた馬が駿馬を連れて帰ってきた。
それを知った村人は喜んでくれたが、
老人は「いや、そんなにいいことではないかもしれない」と、
今度はあまり喜ばなかった。

数日後、駿馬に乗っていた息子が落馬してしまい足の骨を折ってしまった。
村人は見舞いに来て、老人を気遣った。
すると、また老人は「そんなに悪いことではないかもしれない」と語る。

その直後、緊張状態にあった隣国と戦争が始まり、その国のほとんどの若者は徴兵されたが、
老人の息子は骨折していたために徴兵されることはなかった。
戦況は厳しく、その時徴兵された若者のほとんどが帰ることはなかったが、老人の息子は命長らえた。


つまり、

人生 思いがけないことが幸運を招いたり、不幸に繋がったりして
誰にも予想はつかないということ。

また だから やたらと喜んだり悲しんだりしても始まらないということ。


を例えているのです。




私は この「人間万事塞翁が馬」という言葉を眺めながら
不思議な気持ちでいました。

ちょうど 似たようなことを考えていたからです。



最近の事ですが・・ 
私はある友人の言葉をきっかけに 私にとっての大きな気づきがありました。
私は友人のその言葉を聞く事ができたことに大変な幸運を感じているのですが
よくよく考えると あの日あの時友人と会う前段階には私にとっての不都合がありました。

本当はその日、私は別のところに行きたかったのです。

でもそれは叶わなかったので、かわりに友人の家に行っていたのです。


つまり 行きたい所にいけなくなったことは 
起こった瞬間は残念でもあり、不都合と感じていたことであったのに
今振り返ると 行けなくなった事が幸運の始まりなのです。
結局、あの時行けなくなったことは、後日とても良かったことになってしまったのです。
あの時行けなくなって本当に良かったなぁなんて・・今では心底思っているのです。


同じように 過去の辛い体験が 
数十年経った今、体験して良かったと思える出来事に変化したりしています。

あの経験があったからこそ今の自分が存在する。

そう思えたとき・・ 
その出来事を引き起こした自分に対する後悔の想いがきれいに消えました。

そして、その出来事を経験できたことに感謝の想いがわくようになったのです。



過去の出来事は変えることは出来ない。 

けれど 出来事に対しての解釈や思い・感情は変えられるのです。




「過去の不幸は現在の幸福にもなり、過去の幸福は現在の不幸にもなる。」

そう思えた時から・・ 
悪いと思える状況が訪れることに対しての不安感が減りました。

何かがこの先起こっても
「この体験も将来どっちに転ぶかわからないなぁ」と客観視が出来る気がしているのです。


そして今日、目に飛び込んできた「人間万事塞翁が馬」という文字が
その考えを後押ししてくれているように思えて楽しくなりました。




 世の中には、私の力ではどうしようもないことがありますね。

だけど、私しだいで変えられるものも確かにあるのです。



だったら、と

動かすことの出来ないものはそのままに
動かせるものに対してエネルギーを使おうと・・ 心が定まった気がしています。




今日の報告 
テープトレーニング 潜在能力感知開発プログラムへの招待②~⑤ 8H
読んだ本 自分から自由になれるゼロ思考 佐田弘幸

スポンサーサイト
  
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。