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潜在能力感知開発プログラム第8章 固定観念の除去から

「真実はフェアに」

今日聴いていた中に
隠し込まれている情報をあえて自分から求め、
全体像を知った上で選択をすることがいかに大切なことであるかという話がありました。

世間の情報は既に選択され、コントロールされている。
ブラックホールに隠し込まれている情報。
豚・牛などとさつ場面をテレビで流したらどうなるか。(感知プログラムタイトルより抜粋)



私は・・・スーパーに並ぶ食品を眺めながら改めて思います。

調味料、ソース、マヨネーズ、牛乳、ソーセージや魚、肉…
私はこれらがここに並べられるまでの過程を知りません。

知らなくて当たり前なのでしょうか?

私達の中には逆さまな感じ方、
(自分の為になることが嫌いで為にならないことが好き)が沢山あると
感知プログラムで解説がありましたが

実は…知らなくて当たり前だと思う感覚の方が
間違いなのではないでしょうか?

私達が口にしている食べ物の製造過程を知りたいと思うことは
自然なことではないのでしょうか?

他の生き物の命を口にしながら、
その製造過程を見たことがないという在り方には疑問があるのです。


現代の食の問題点のひとつは、
その生産現場がほとんど人の目に触れず、現状が知られていないこと。

工業製品製造のように1箇所に集めての大量生産方式の中で行われていることは
あまり表には出ていないこと。

大量生産方式の中では
豚や鶏は狭い囲いの中で身動きができない状態で飼育され、
短期間で成長させるための飼料を与えられ、
狭い空間で感染症が蔓延するのを防ぐための多量の抗生物質を投与され、
屠殺・解体は流れ作業のために、完全に死んでいないのに皮を剥かれたりする・・・


肉を食べることが大好きなある人が
「自分で殺して調理しないといけないのだったら 食べない。
殺されるところは見たくない。かわいそう。」と言いました。

私は それは違うと感じました。

肉を食べるのがいけないとかの問題ではなく。
大切なのは、命の食べ方。

自分の手で他の生き物を殺して食する。
そこには 命の重さを体験する機会があります。
その過程をとばして 食することは
生き物として大切な何かを失う気がしているのです。

また世界的視点から考えてみると、約9億人以上の人が飢えに苦しみ、
毎年1千万人もの子供を含めた人が餓死している中、世界の穀物生産量の
3分の1以上が動物の食料となっていて、
先進国では穀物消費量の8割近くが
人間が食べる動物の餌になっているという現状があります。
家畜1キロを育てるのに 10キロの穀物が必要とも聞いたことがあります。

牛の生育のために、広大な面積の森林が伐採されていたり、
肉だけに限らず、輸入食材の輸送には船・飛行機・トラックが使われ、
二酸化炭素を沢山排出していることも意識しておきたいことです。

知った上で食べている。それが自然なことだと思うのです。


買うとき、食べるとき…

その行為のひとつひとつを大切にしていきたい。
全てを知ることが出来なくても 今よりも 少しでいいから知っていきたい。
知った上で選択していきたい。

そう思いました。


インターネット上で探せば 屠殺の過程なども観ることができます。
映画「いのちの食べ方」もおすすめです。

製造過程を知って、目をそらさない。

いのちの食べ方を改めて考えたいと思っています。


    
     映画 「いのちの食べ方」 YouTube予告編




今日の報告

テープトレーニング 11-1-1~11-4-2 8-7-1・8-7-2 9.5h
  
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