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私の中に根付いてしまっている観念のひとつに

「ウソは悪いことだ」 ということがあります。


私だけでなく、多くの人達に

「どのような時でもウソはよくないことだ」 という考えが

植え込まれているのではないでしょうか?



ウソは 本当に・・・どのような時でもいけないことなのでしょうか。



この本には
実はウソには2種類あると書いてありました。

それは、
人を幸せにするウソと
不幸せにするウソ。

100%願望をかなえるウソの法則100%願望をかなえるウソの法則
(2006/10)
佐藤 富雄

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潜在能力感知開発プログラムでは何度も何度も

「フリの価値を知ることの重要性」についてが繰り返し語られています。

その箇所を聴くたびに
私は まだその重要性に気づいていないことを感じていました。

「フリの価値に気づくことが必要だよ。」と言われて・・
最近ずっと、フリの価値について考えていました。


どうやら私の中には どうしても 幼い頃から植え込まれてきた
「ウソはいけないことだ」を拭うことの出来ないでいる自分がいるようです。

フリをすることも ウソをついているような気がして・・気が進まないのです。


もちろん ウソも方便 ということで
相手を思いやってのウソをついたことも過去にはあります。

けれど そんな時でも 罪悪感が心の底のどこかにありました。


しかも

最近の私のテーマは 正直であることです。

今まで・・「 これを言ったら相手が傷つくのではないかな?」と勝手に想像して
言わないでおいたことが沢山ありました。

けれど 自分の本心を相手に伝えないことは

相手が自由に選択し、判断する材料を与えないこと・・

つまり相手がこの機会を最大限に利用できる可能性を奪うことだったのだ


ということに最近気がつきました。


そして、真のコミュニケーションには
お互いが正直に気持ちを伝えあうことが必要だと思ったばかりであり、
感情を抑圧するよりも 正直に気持ちを伝えあったほうがよいと思ったばかりでした。

そんな考えに・・・ フリの価値という概念が混ざりあい、
私は、少し混乱しているようでした。


何かを混合してしまっている・・・


けれど
「フリの価値の重要性に気づくこと」と 「正直に生きる」ということは
矛盾していないはずだと考え、答えを探していました。


そして今、

最近考えていたことに、この本を読んだことも加わって

ようやく出口が見えかけているようです。


まず 私が 今まで、相手の為にと本心を伝えなかった・伝えられなかったのは
相手の為ではなかったということ。

自己欺瞞であったこと。

本当の理由は 恐れであったこと。


私が本心を伝えられなかった心の底辺にあったものは恐れであり、
本心を言って 相手が離れていくのが恐かったのだということを自覚したのです。

相手が怒ることが恐くて、相手が悲しむことが恐かった・・・

相手を思いやる気持ちもあったとは思います。

けれど根っこの部分は恐れだったのです。



人を幸せにするウソは 相手のためになるものです。
恐れの気持ちからではなく、愛から出るもの。

自分の損得とは関係なく、人に何かを与えることのできるウソ。
元気づける、喜ばせる、その気にさせる。
それは相手の成長に繋がっていくものであり、
励まし、褒め言葉、感謝、共感、夢・・・
そんなウソなら 積極的につきたいと この本を読んで思うことが出来ました。


その思いは愛から生まれたものであるか、恐れから生まれたものであるか・・

見極めのポイントは やはり その部分にありました。


例えば・・ 
自分の中に怒りの感情があるのにその感情を抑圧し 
相手に怒っていないと伝えるのは正直ではありません。

だからと言ってこの場合に、ただ感情に任せて 
その感情を相手にぶつければいいのかといえば、そうではありません。

(この辺りが説明が難しい部分ではあるのですが
なんとか 言語化したいとおもいます。)


これは非常に大事な部分なのですが
私達の心の奥底にある願い(真我)は 愛の側であることなので

その感情をぶつける・伝える目的が 相手を傷つけたい・攻撃したいであり
そのように実行した場合には 真我を無視し、反することをするため
真我に対して正直でない・裏切っているということになるのです。

怒りを伝えるのであっても その伝える目的が
お互いに理解しあい、許しあうプロセスのためにある時には
真我の願いと一致している為に正直であると言えるのです。

ですから 「感情を感情のおもむくままに表すこと」と
「感じたことを正直に伝えること」は区別したほうがいいのです。


私は 人を幸せから遠ざけようとするものをエゴと呼び、

人を幸せに近づけようとするものを真我と呼んでいます


わかりにくい方は 感知プログラムにある「統合と分離」の表を参考にするといいと思います。
この「統合と分離」の表は心的態度がどちらにあるかをわかりやすく指し示してくれるものです。

統合は愛であり、統合側は愛にもとづくものであり、真我の求めているものです。

分離は恐れであり、分離側は恐れにもとづくものであり、エゴの望みです。



ここまで考えて、ようやく

統合(愛)の側に心的態度があるならば、

人を(相手を。最終的には自分をも)幸せにするウソは
ついた方がいいものであると思えるようになってきました。

フリの価値の重要性がすこしづつ見えてきました。


私達に根付いてしまっている思い込みは
頭で理解したからといって すぐに変えれるものではないことを実感しています。

だから少しづつ、自分を自分で説得していくかのように

自分(相手)の為になる・幸せに近づかせる新しい考えを、モノの見方を、思考のくせを、
定着するように繰り返しています。

「フリの価値の重要性」に対する認識も 今からどんどん深まっていくと思っています。



今日の報告

テープトレーニング 朗読テープ「愛への帰還」4 2h

読んだ本 「ウソの法則」 佐藤 富雄
       「愛への帰還」 マリアン・ウイリアムソン
  
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